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【書評/コンビニ人間 村田沙耶香】俺がおかしいのか!?それともお前らがおかしいのか!?

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「普通」とは、なんだ。

普通って何でしょう。

いい大学に行って、サークルに入り、ウェイウェイしたのち、彼女(彼氏)を作り、いい企業に行って、結婚して、死んでいくのが普通なのでしょうか?

では、それ以外の人は何なんでしょう?

その「それ以外の人」にフォーカスを当てたのが、『コンビニ人間/村田沙也加著』です。

 この物語からは、人間の本質が垣間見えます。

「人間とは」「普通とは」と深く考えさせられる作品です。

コンビニ人間 (文春文庫)

コンビニ人間 (文春文庫)

 

 『コンビニ人間』 概要

この物語の登場人物は2つに分類されます。

社会適合者」と「社会不適合者」です。

主人公の恵子は「社会不適合者」で、コンビニのバイトでしか生きていけないという人物です。

そんな「社会不適合者」を取り巻く「社会適合者(と思い込んでいる人々)」という構造で物語が展開されます。

 

コンビニ人間から考えたこと

皆の中にある『普通の人間』という架空の生き物を演じる

 「社会適合者」とは普通の人間を必死で演じている人のこと。

普通の人間を演じることができる人々です。

反対に、普通の人間を演じられない人は「社会不適合者」と呼ばれます

僕の場合は、この本の登場人物でいうと、「社会不適合者」になりきれない「社会適合者」という性格です。

普通と信じられていることに違和感を感じつつも、それに流されて生きてしまっている。

性格の「社会適合者」と「社会不適合者」の割合は

社会適合者:社会不適合者=3:7

といったところでしょうか。

そのため、どうしても「社会不適合者」に感情移入してしまうんですよね。

今回はそんな「社会不適合者」目線でコンビニ人間を考えました。

僕たちが考えている「普通」という価値観の歪み

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しかし、よく考えると「社会適合者」と「社会不適合者」がいること自体が不思議なことではないでしょうか。

なぜなら、その社会適合者・不適合者を判断するための基準となる「普通」の基準が具体的に説明できないからです。

「普通」という基準が明確でないのに、なぜか「社会適合者」と「社会不適合者」の存在だけが明確なのです。

大学に行くのが普通。

就職するのが普通。

結婚するのが普通。

本当ですか?どうしてですか?

大学の学部進学率は、53,3%ですよ?

参照:2018年度の大学・短大進学率、57.9%で過去最高に | 大学ジャーナルオンライン

ほぼ半分の人が大学に行っていません。

それでも大学に行くことが「普通」といえますか?

就職をせず、フリーランスになるということだって、起業することだって考えられます。

それでも就職だけが「普通」というのですか?

男女とも、独身率は年々上がっていますよ?

それでも結婚を「普通」といいますか?

このように「普通」を説明することは困難なんです。

なぜか?

それは、「普通」とは実在しないからです。

「普通」とは、人間の頭の中にある考えです。

ただの概念・思想にしかすぎません。

にもかかわらず、「普通」というただの概念のためだけに「社会適合者」は「普通」を演じることに必死になっています。

存在しない「普通」という概念が社会ではまかり通っている、

これは、おかしなことではないでしょうか。

おかなことなんです。

では、なぜ存在しない「普通」という概念が社会で存在するように感じるのでしょう。

それは、実在しない「普通」という概念を実在しているように見せるために、「普通じゃない人(社会不適合者)」を実在化させているからです。

完全に「普通」な人は存在しませんし、目立ちません。

しかし、「普通じゃない」人はたくさんいるし、目立つんです。

だから、このような「普通じゃない」人を実在化させて、「普通」を実在しているように見せているんです。

実在しない「普通」を追求するために、「社会適合者」は、「社会不適合者」を弾圧しているんですね。

本書にはこのようなセリフが出てきます。

「普通の人間ってのはね、普通じゃない人間を裁判するのが趣味なんですよ」

 「普通」という概念を実際にあるように見せかけるために、「普通じゃない」という実在している人が顕在化され、「普通」ということが実在しているように錯覚させる。

これが、「普通」という概念のしくみです。

「普通」という概念の存在がすべての元凶とも言えます。

まとめ

「普通」なんてものは存在しません。

ただの概念です。

だから、「それが普通だから」とかほざく連中は雲散霧消してしまえばいい考えを改めてほしいと思います。

存在しない観念のために、自分の人生に影響が出るなんて馬鹿げています。

あなたの、本当にやりたいことはなんですか。

自分の中の声に耳を傾け、「普通」と言われていることを常に疑うことが大切です。